《蝉が一匹、力無くジーと啼いた》

そもそも友だちの雅美さんから「気味の悪い手紙が父宛に届いた」と相談されたのがきっかけだったんです。雅美さんと手紙に書かれた所へ行くと、なんと頭が真っ黒焦げの死体を発見。更に、父静馬氏が雅美さんに「落とし前をつける」とメールに残し行方不明に。ここから私たちは静馬氏の行方を捜すことになります。その中で、26年前に起きた祖父重蔵氏の愛人“紀子”にまつわる事件と深い関わりがあることを突き止めます。26年前に一体何が?

16 紀子③(5W1H)

 店内の時計を見るともう昼。雅美さんはもし何か思い出したことがあったら電話をしてほしいと柿枝さん(念のため確認したらやはり柿枝さんでした)にお願いし、私たちは辞去しました。

 これで、寺岡支店長が紀子さんの自殺理由に関して『それだけは勘弁してください』と言った理由がわかりました。寺岡さんとしては、紀子さんが気が触れてしまったことや妊娠したことを、自分の口からはなかなか言えないということだったのでしょう。

 私たちはお昼を取りながらこれまでのことを整理しようということになりました。海水浴場の近くは混んでいるので、丘陵地のほうへ足を伸ばしました。ちょうど良い具合にオシャレなカフェがありました。入口の左右に白いペンキで塗ったウッドデッキがありそれぞれ二つずつテーブルが置かれていました。風の快い時期はここでゆっくりコーヒーを飲むとさぞ気持ち良いんだろうなと思わせる雰囲気で私も雅美さんも一目で気に入りました。店内に入るとウッドデッキ同様白を基調としたインテリアと暖色を基調とした照明が迎えてくれました。

 私は雅美さんに、
「まず、消えた仮説としては、『お妾さんの紀子って人が手紙の主ではないか』ということですね」
「そうですね。だからここ逗子に父は来ていないでしょうね」
「その社長の足取りですが、でもどうやら、二十六年前の出来事が大きく関与していて、それにまつわる場所へ行っているのではないかと私は思えてきました」
「ええ。ま、ほかに別の知らない秘密があったとしたら話は別ですが、
・紀子さんは祖父のお妾さんだった。
・二人の間には息子がいた。
・平成元年に紀子さんと息子さんは逗子へ引っ越した。
・紀子さんは三十歳前後で息子さんは五歳か六歳。
・祖父が寺岡さんに指示して住まいを提供した。
・その一年後に祖父が亡くなった。
・そして紀子さんの気が触れた。
・それから初台御殿へやって来て焼身自殺した。
・その時紀子さんは妊娠していた。
・残された息子さんは実家へ引き取られた。
こんな感じですね。補足ありますか」
「そうですね、こうやって列挙すると、いくつかわからないことが出て来ますね」
「というと?」と、雅美さんが聞くので、私は、
5W1Hです。例えばWHEN。それぞれがいつのことなのか。時系列できちんと並べる必要があると思います。2番目の子を妊娠したのはいつなのか。父親は会長ではないと思います、時期的に。だって会長は高齢だったし健康状態が良くなかったんですよね。それと、出産前つまり妊娠中に自殺したのか、それとも、出産後に自殺したのか。出産後ならその子どもは今どこにいるんでしょう。それとWHY。紀子さんの気が触れた原因。愛する人を亡くしたからといって気が触れるものでしょうか。中にはそういう人もいるかもしれませんが。。。あと焼身自殺の原因。なぜ初台御殿まで行って自殺したのでしょうか。気が触れて常軌を逸していたから?」
「確かにそれぞれ不完全ですね。マネジメントで言う7W2H1Gみたいですね」
「結局、私たちは分かっているつもりでも何一つ分かっていないような気がします。社長は今どこにいるのか。WHEREですね。何故何のために動いているのか。WHY。代々木八幡で見たあの男性死体は誰なのか。赤の他人でしょうか、まさか。偶然が過ぎますよ。手紙の主は紀子さんではないことはわかりましたが、では誰なのか。雅美さん家の周りをうろついているお婆さんは誰なのか。WHOが3人います。はあ。。。」

 それでも、全くわからない昨日までの状況に比べれば、少しではありますが真相に近づいて来ていることは確かでした。
 雅美さんは、
「まだあります。実家へ引き取られた息子さんは生きているのかいないのか」
 雅美さんにそう言われて、私はハッとしました。
「なるほど。。。」
「気になりますよね。感覚でしかないのですが、今回の父の件では、紀子さんがキーになっているように思えてなりません」
 改めて雅美さんが考え込んでそう言いました。そこで私は、
「そうですね。そんな感じはしますね。それに、なにかこう、色んなことがグジャグジャっとして、気持ち悪いですね。どうします?新聞記事を探して自殺のことを調べましょうか。あと、一筋縄には行かないと思いますが警察に聞くのも手ですね」
「ウチで自殺しているから、代々木八幡と同じ管轄ですね。あの仁科って刑事さん、教えてくれるかな」
「社長がここに来ていないとすると」
「あるいは。。。」
 雅美さんは、何を思っているのか、そう言ってからしばらくして、
「私、ちょっと紀子さんの実家へ行ってみようかな」
「え?どうやって?住所もわからないのに?」
 雅美さんはニコッと笑って、
「寺岡さんが知ってるかも」
 そうか!逗子の事情をよく知っていて、紀子さんにも息子さんにも会ったことのある唯一の人だったことをすっかり忘れていました。あのお腹、突けば何かが出てくる筈!
 雅美さんが支店に電話し、また待ち合わせすることになりました。これがまたしてもビンゴだったのでした。