《蝉が一匹、力無くジーと啼いた》

そもそも友だちの雅美さんから「気味の悪い手紙が父宛に届いた」と相談されたのがきっかけだったんです。雅美さんと手紙に書かれた所へ行くと、なんと頭が真っ黒焦げの死体を発見。更に、父静馬氏が雅美さんに「落とし前をつける」とメールに残し行方不明に。ここから私たちは静馬氏の行方を捜すことになります。その中で、26年前に起きた祖父重蔵氏の愛人“紀子”にまつわる事件と深い関わりがあることを突き止めます。26年前に一体何が?

13 静馬の失踪

 社長が出張に出て一週間経った日の夜、雅美さんは私を夕食に誘ってくれました。渋谷にある担々麺がとても美味しい小さなお店でした。
「ここは担々麺が美味しいんです」
「そうですね、けっこう痺れますね、舌が」

 ただ単に食事をするためだけに私を誘ったのではないことはわかりきっていました。いつもなら理由もなしに私を連れ出す雅美さんでしたが、今日に限っては何か勿体ぶった理由をくっつけていたからです。私はあらかた食事が終わってテーブルが片付いたころを見計らい、聞いてみました。
「雅美さん、様子が変ですよ」
 雅美さんはどんよりした眼をして、それにははっきり答えず、
「ここ数日、色々なことがあって、ご存知と思いますけど。ちょっと整理したいなと思って、ごめんなさい」
「いえいえ、いいんですよ、色々ありましたよね。話の整理というと」
「父がどこかへ行って帰ってこないんです」
「出張じゃないんですか」
「ええ」
「ええって!」
「実はあの日、二人で代々木八幡へ行った日、父は私にメールを一通送っていたんです」
「え?メール。いつですか」
「夕方の五時過ぎでした。『落とし前をつける』って書いてありました」
「『落とし前』。。。それだけですか」
 私はできるだけ言葉を鸚鵡返しし、雅美さんが先を続けやすく話しやすい配慮をしました。こういうときは傾聴に限る。
「ええ、『あることで家を留守にする。落とし前をつける。お前は細かいことは知らなくていい』って、そういうメールでした」
「『細かいことは知らなくていい』ですか」
「ええ。私はてっきりあの手紙のことかと思ったんです」
「確かに。タイミングがタイミングですからね。ちょっと待ってください、でも社長、あの手紙のことは」
「知りません。見せてませんから。だから変だなって」
「確かに。どこへ行くとか書いてありましたか」
「いいえ。だから、また別の『落とし前』があるんじゃないかと思ったんです」
 私は雅美さんの様子をさりげなく窺いながら、
「雅美さんは、あの手紙と社長の言う『落とし前』は同じことだと」
「直感ですけどね、何故かはわからないけれども、タイミング良く、あの手紙の主に会って落とし前をつけに行くと言い出した・・・」
「でも、社長はあの手紙を読んでいないのだから、代々木八幡へ行く筈はないですよ」
「ええ。あそこへは行っていないでしょう。ただ、手紙の主は父が来ると思っていた筈です」
「あ、そうか、そうなりますね、、、で、人が一人殺された。社長の身代わりに誰かが?」
「可能性はゼロではないと思います。逆に、手紙の主が誰かに殺されたのかも」
「う~ん、ちょっと待ってください、いずれにしても、社長があそこへ行く可能性は限りなくゼロ。そうなると、場所を知っているのは?手紙の主と餓鬼、、、」
「単純に考えればそうですよね」と、雅美さん。
「あの死体はそのどちらかってことですか」
「そうかもしれません。あと、もし仮に、ああいった類の手紙が過去に父に届いていたとしたら」
「あの手紙がですか?社長に?」
「はい、父はどうしたでしょう」
「『どうしたでしょう』って」
「もし届いていたら、代々木八幡は落ち合う場所として毎回使われていたと思っていいんじゃないかなって」
「そうすると手紙の主、餓鬼、それに社長がいたかもしれないと。。。雅美さん、結論を急いでも良いことないですよ。だって、社長はあの手紙を読んでいないんですよ。場所を知っていてもあの日時に行く訳ないですよ」
「となると、父は落とし前をつけにどこへ行っているのでしょう」
「それがわかれば・・・」
「私は、妾が今になってガタガタ言ってきているかもしれないと言ったの覚えてます?」
「ええ、そう仰っていましたね」と、私はまた鸚鵡返し。そして、
「まあ、手紙の主=妾だとすれば、場所は三つ考えられますね。一つはいつも落ち合っている場所。二つ目は理由はともかく代々木八幡。手紙には代々木八幡の例の場所でって書いてありましたからね。三つ目はお妾さんが住んでいる所」と付け加えました。すると雅美さんは、
「そうなりますね。一つ目は二人にしかわからないから探しようがないですね」
 ん?探そうとしてる?
「場所の可能性はこれでいいとして、そうするとというか、今度はあの死体ですね」
「男性でしたよね」と雅美さんは言うと、途方を見つめ肩をがっくり落としました。
「雅美さん、もしかして、あの死体、社長だと?」
「え?いえ、そんなこと。手紙を見ていないのに父があの日あそこにいるわけがないと思います」
「そうですよ。変なこと考えないでくださいね。きっと社長は三つのうちのどこかへ行っているんですよ」
「お妾さんが住んでいる所なんですけど。その人、どうやら逗子に住んでいるようです。父は今逗子に行っているんじゃないでしょうか。逗子へ行ってみて・・・」
「ちょ、ちょっと待ってください。も~せっかちなんだから。手紙を読んでいないのだから社長は別件で動いているんですよ。わかりませんけど。ところで、社長は何故か偶然にも同じあの日に雅美さんに落とし前をつけると言ったまま帰って来ない。どこへ行ったのか、逗子なのか。その日はお妾さんは代々木八幡にいるのだから会えていない。社長、今でも探していらっしゃるんじゃないでしょうか」
「事情が事情なだけに、父は私になかなか連絡しにくいと」
 雅美さんの気持ちはもう、手紙の主=妾で決まっていました。
「ここにいても埒があきません。私は父を助けたいんです。いっしょに逗子へ行ってもらえませんか」
 雅美さんはもう居ても立っても居られない様子。またあの眼で私を見つめます。
「もう~、すぐそういう目で見るんだから。。。あの死体が誰なのか結局わからずじまいですが、、、もう~、すぐに帰って来ましょうね」
「実はね、私たち、明日から出張ってことで社内手続き済ませてあるんです。交通費の精算もしなくていいです」
 流石、社長秘書。