《蝉が一匹、力無くジーと啼いた》

そもそも友だちの雅美さんから「気味の悪い手紙が父宛に届いた」と相談されたのがきっかけだったんです。雅美さんと手紙に書かれた所へ行くと、なんと頭が真っ黒焦げの死体を発見。更に、父静馬氏が雅美さんに「落とし前をつける」とメールに残し行方不明に。ここから私たちは静馬氏の行方を捜すことになります。その中で、26年前に起きた祖父重蔵氏の愛人“紀子”にまつわる事件と深い関わりがあることを突き止めます。26年前に一体何が?

09 事情聴取

 現場検証が始まっていました。神社一帯には予防線が張られ、手袋にマスク、足にビニルをかぶせた何人ものスタッフが、写真を撮ったりマークを付けたりしています。こんな時間に招集かけられて迷惑だといわんばかりに見えるものの一点の無駄もなく作業をこなしている動きをぼんやりながめながら、私たちは第一発見者として聴取に応じていました。
「この被害者の身の回りにあったものはありましたか」
「よく、覚えていませんが、靴が」と、雅美さん。
「靴?」
「ええ。なんか放り投げたみたいにバラバラになって落っこってました」
「なるほど。ほかには?」
「ええ?ああ、あれ」と、雅美さんが私に振るので、
「えっと、新聞もありましたよね」
「あれね。あれはお二人がお持ちになったものですか」と、刑事さん。
「いえいえ、そんな」
 というのも、その新聞というのは、一部を顔を焼いた時に使われたみたいに顔の周辺に焼け残っていて、残りは広げられていて一面血飛沫が飛んでいました。だから、それは明らかにあの人を殺した時に使われたと容易に想像できるわけで、私たちは首を左右に振って明確に否定したわけです。その他遺留品などは気がつかなかったことを言い、そのあと、ここに来た経緯を掻い摘んで説明するのですが、手紙のことを説明するところでどうも説得力に欠けるようで、刑事さんを納得させるのに思った以上のエネルギーを使いました。
「それでぇ、その手紙というのをお父さんには見せていないというんですね」
「はい」
「で、あなた方がお父さんに代わってここへやって来たと?」
「はい」
「で?その手紙というのは?」
 仁科と名乗る刑事さんに聞かれ雅美さんは、
「それは、、、今は無いです」
 え?、無い?!私はびっくり。確認しておかなかった私が悪いといえばそれまでですが、手紙のことでここへ来たのに、今は無いなんて。
「無いというと?」
「家に置いてきました」
「家というと?」
「ですからぁ!、家に置いてきてぇ!、ね?!ここにはぁ!、持ってきてないとぉ!、そういうことですっ!それが何かっ?!」
 雅美さんは刑事さんに悪びれるふうもなく、逆に食って掛かる勢い。でも普通、手紙を、それも差出人不明で直接家に投函されたらしい、内容も本当かどうかわからないあの怪しい手紙を、怪しい約束事を果たすに際して、持ってこない人がいるでしょうか。刑事さんは呆れた様子を隠さず、
「あのねえ!、じゃぁ、何ですかぁ?、ええ?誰から来たかわからん手紙にぃ?、書かれた通り来てみたらぁ?、ああ?男が一人死んでいたとぉ?、でぇ?、それを信じろとぉ?、そういうことっすかぁ?」
 と言い始め、口論になるのが避けられなくなると思ったので、私は、
「まぁ、ちょ、ちょっと待って下さい。雅美さんが手紙を持ってきていないことは私も今知ってびっくりしたのですが、手紙が届いたのは本当で今日の九時にここに来るように書いてあったのも本当です、それは私が認めます」
 仁科刑事はまだ苛立ちを隠さず私に向かって、
「あなたはこの方とどういう?」
「あ、友人です」
「あ、そう、ご存じないかも知れませんがねぇ、ご友人ということであればね、その発言というのはね、客観性に欠けましてね、しかもですよ、あなたも現場で一緒だったわけでしょう」
「ええ、まぁ、、、」
 いちいち基本的なことを説明させるなよと言いたげな仁科刑事は、一拍おいて、
「でぇ?不審な人物を目撃したとかは」
 あの時、雅美さんは外の方を見て「あっ」と言っていた。誰かを見たようだった。だから、私は、
「はぁ、、、それが、、、」と言いかけた時、
「ありません」
 雅美さんはきっぱりといいました。私は思わず雅美さんの顔を凝視してしまいましたが、雅美さんは泰然自若としています。そしてチラッと私を見ましたがその眼には「いいから」と書かれていました。
「被害者に見覚えはありませんか」
 と仁科刑事に聞かれ、これにも雅美さんは、
「いいえ、ありません」
 ときっぱり。
「そうですか、もう少し詳しくお話を聞きたいのでねぇ、お二人とも署まで来てくれませんか」
「ええ?!なんでぇ?」
「なんでじゃなくて!」

 また刑事さんと雅美さんとの間で一悶着あったものの、結局私たちは車に乗せられました。刑事さんが車を離れ再び現場へ行き私服警官と一言二言会話を交わして戻って来るまで、車内は私と雅美さんの二人っきりになりました。どちらも何も話さない。ただ聞こえるのは、何やらガーガーやり取りがなされている無線の音だけで、それも何を喋っているのかよく聞き取れません。酔った男性がガーガー、ガーガー交差点でジージー。無線の音が止むとツーンという無音が頭全体にはびこり二人の間に重っ苦しい空気が張り詰めました。私は雅美さんに聞きたい気持ちでいっぱいでした。何故あの手紙を持ってこなかったのか、持ってきてはいるけど嘘をついたのか。何か人影を見たのになぜ見ていないと言ったのか。被害者に見覚えは本当にないのか。
 それとなく横顔を見ると雅美さんは境内へ続く階段で見せた何かに挑むとても厳しい表情をしていました。私の視線に気づいたようでしたが何も話しかけてくれるなという顔を隠しません。そこで、自分が雅美さんの立場だったらどうだろうかと考えると、わからないでもないかなと思えてきました。そう、朝比奈家といえば名門であり巨大企業を経営する創業家。社会的地位は誰もが認めるところです。それを、根も葉もないこととはいえ父親に秘密があるかもしれなくて、なおかつそれを公にできないとなっては、ことを穏便に済ませるために機転を利かせたとしてもそれは自然なことかもしれません。そういうことなのですか、それともほかに別の理由があるのですか。階段の踊り場で私を帰そうとしたのは果たして善意からなのですか。そもそもあの怪しい手紙は?すべては雅美さんの一人芝居であり自分で架空の手紙を作って私と第一発見者になるシナリオですか。でも何のために?それにあの死体はなぜあんなふうに?そういえば待ち合わせに十五分遅れて来ましたよね。何をしていたのですか。