《蝉が一匹、力無くジーと啼いた》

そもそも友だちの雅美さんから「気味の悪い手紙が父宛に届いた」と相談されたのがきっかけだったんです。雅美さんと手紙に書かれた所へ行くと、なんと頭が真っ黒焦げの死体を発見。更に、父静馬氏が雅美さんに「落とし前をつける」とメールに残し行方不明に。ここから私たちは静馬氏の行方を捜すことになります。その中で、26年前に起きた祖父重蔵氏の愛人“紀子”にまつわる事件と深い関わりがあることを突き止めます。26年前に一体何が?

07 朝比奈雅美

 いよいよ雅美さんですが、小学校に通っていた頃、こんなエピソードがありました。前にも書いたように朝日奈家は東京都渋谷区初台という甲州街道と山手通りに隣接する住宅地で、京王新線新宿駅から各駅停車で一駅のところにあります。駅前の一方通行の道には、八百屋、肉屋、魚屋、惣菜屋、乾物屋から金物屋といった昔ながらの店に加えてチェーン店まであり、飲食や日常生活には事欠かない店が数多く軒を並べています。一方、初台駅から線路に沿って笹塚方面へ少し歩くと、小学校があります。都内でも指折りの古い歴史を持つその小学校が雅美さんの幼少を過ごした学び舎でした。そこを過ぎると、大きな郵便局があり、建物の横に立つ掲示板には、現在の気温と光化学スモッグの警報レベルが電子掲示されます。そこは雅美さんの通学路になっていたため、学校帰りに必ず光化学スモッグの警報が出ていることを確認し、初台御殿へ帰るとすぐ、お手伝いの郁さんに「今日も光化学スモッグが出てる~!」と、報告することが習慣になっていました。そして、帰宅すると決まって、お父さんの静馬氏に買ってもらった大きな水槽の前で、熱帯魚へ餌やりをしたり、郁さんに手伝ってもらいながら水槽のメンテナンスをしたり、水草の配置を変えてみたり、ペットショップへ行って、新たに魚や水草を買い足したりして、夕食の時間までべったりと過ごすのでした。

 ある日、水槽に一匹魚が死んで浮いているのを見つけた雅美さんは、素手でそれを取り出して、何かに包むこともせずにポイっとゴミ箱へ捨てて、そのまま放置したことがありました。郁さんが何か臭いと思って、臭いの元を辿って、あちこちひっくり返してみたり、トイレが原因かもしれないと思って掃除をしたりしても、まだ臭い。そのうち家族が総出で「臭い臭い」と言って、あちこちを探索し始めました。郁さんは、水槽の前に小さなゴミ箱があるのを見つけました。もしやと思って鼻を近づけました。すごく臭い。下の方に手を入れてみると、何かヌルヌルするモノが。紙屑などをどかしてそおっと覗いてみると、魚が一匹、虫がわいているではありませんか。郁さんは「おー!」と叫んで卒倒し、家中が大騒動になりました。捨てたのは自分だと雅美さんが言うと、静馬氏は、「そういう時はだな、紙か何かに包んであげて、庭に墓を作ってあげて、ちゃんと埋めてあげて、そして手を合わすもんだ!他の物と一緒にゴミ箱に捨てるバカがあるか!」と叱ったそうですが、この何気無い幼年の残虐性というものが、大人になった時に無くなっていればいいのだがと、周囲はひどく心配したそうです。

 このような幼少を過ごしたのち、静馬氏と同じ学園を大学まで通い成績は優秀で、いつも雅美さんの周囲にはパッと花が咲くようなオーラがあって、誰にでも好かれる性格が男女を問わず魅了し、たくさんの友人に囲まれながら学園生活を過ごされました。今は、朝比奈ホールディングス社長秘書として、静馬氏の元で毎日忙しい毎日を送っています。ちなみに、重蔵氏、静馬氏、雅美さんはいずれも一人っ子で、兄弟姉妹がありません。

 さて、3話に渡って長々と朝日奈家に関するゴシップネタをお話しして来ましたが、これもすべてはこれからお話しするとても複雑で壮絶な人間の運命が血生臭い殺人へ導いた事件の背景を知っていただくためです。これでやっと本題に戻ることができます。不気味な手紙を読まされた私と雅美さんは、いよいよ問題の代々木八幡へ行くことになります。