《蝉が一匹、力無くジーと啼いた》

そもそも友だちの雅美さんから「気味の悪い手紙が父宛に届いた」と相談されたのがきっかけだったんです。雅美さんと手紙に書かれた所へ行くと、なんと頭が真っ黒焦げの死体を発見。更に、父静馬氏が雅美さんに「落とし前をつける」とメールに残し行方不明に。ここから私たちは静馬氏の行方を捜すことになります。その中で、26年前に起きた祖父重蔵氏の愛人“紀子”にまつわる事件と深い関わりがあることを突き止めます。26年前に一体何が?

06 朝比奈静馬

 重蔵氏の長男、静馬氏は雅美さんのお父さんです。静馬氏がお生まれになるとしばらくして、重蔵氏は初台御殿に離れを建て増し、静馬氏専用のお部屋をお作りになりました。離れといっても、専用の玄関や水回りなどが一式完備で、母屋とは廊下でつながっているものの、単独で生活するには十分な広さと機能を持っています。静馬氏は、元々、どちらかというと冷静沈着なご性格で、激動の時代を海千山千渡り歩いてきた重蔵氏とは全く対照的な性格です。片田舎の農家出身で一介の不動産業者から日本を代表する大企業を構築してきた重蔵氏に比べ、静馬氏は初めから御殿での生活を送っていきます。幼稚園から大学まで同じ学園に通い、大学生になった時には彼専用のスポーツ車を駆り、家に帰れば彼担当のお手伝いさんが食事から何からすべて上げ膳据え膳の生活ぶりでした。しかし、重蔵氏から「お前は会社を継ぐ人間だ」と、所謂帝王学を直々に伝授され続け、大学を卒業すると朝日奈ホールディングスへ入社します。初めは営業畑で商売の基本を学び、そののち、全国百箇所を超える不動産賃貸支店と五つの建設事業部、十を超える関連会社、二万人を超える社員を管理する経営本部で企業経営のいろはを父重蔵氏の元で学んでいきます。妻で朝比奈不動産専務の良子さんとの間にはなかなか子宝に恵まれませんでしたが、結婚十一年目にしてやっと雅美さんを授かりました。社長に就任した時には「創業者で会長の父が作り上げた事業を継承することこそが自分に課された使命だ」と言って憚りませんでした。今でも、堅実な経営で朝比奈ホールディングスを守っています。ただし、こちらも女性に走る傾向があるとか、ないとか。いよいよ重蔵氏がお亡くなりになると、その奔放ぶりが日に日に増してきたとのことです。波風なく生まれ育ち、生来真面目で、事業に関してリスクを伴う冒険を善しとせず、父重蔵氏の作り上げた富や名声を後に継承することで存在意義を示してきた方に限って、人間ひょんなことでわき道に逸れるのかもしれません。とはいえ、彼は周囲から「良い家のボンボン」と見られがちな環境で生まれ育ちながら、しかし、自身はそんな家を守る宿命を負っているという自負が若い頃からあったようです。

 大学時代のある晩、静馬氏は当時付き合っていた彼女と一緒に銀座を歩いていました。宵になって銀座通りを歩くカップルが西銀座へ足を移そうとしていました。男性はどうやってこの娘を落とそうか、どうやってこの娘と一夜を過ごそうかと策を巡らし、女性は女性でどうやってこの人を傷つけずにお別れしようか、どうやってもう一品、服でも靴でもアクセサリーでもいいから買わせようかと策を巡らせている頃でした。静馬青年も御多分に洩れず、隣を歩いている佳恵さんとそろそろ一夜を共にしたいと考えている所でした。七丁目を歩いていると、八丁目の路地から父重蔵が急に和服を着た女性と出てきました。驚いた静馬氏は急に踵を返し足を止め、
「なあ、佳恵、さっき和光で見た時計だけどさあ、あれいいなあ」
「え?静馬どうしたの?」
「ん?なんで?」
「めずらしいじゃん、静馬があんな高い時計に興味を持つなんて。『俺は確かに金持ちの家に生まれ育っているけど、父親と母親から贅沢はするなって言われて育ってるんだ。俺と付き合っても期待はしないでくれよ』っていつも言ってるのに」
確かに佳恵さんの言う通りでした。今でこそ大学の入学祝でスポーツ車を買ってもらって、それを運転するのがとても面白く、年中佳恵さんを連れ出しては箱根や軽井沢へドライブする遊びを覚えましたが、それは最近のことで、今でも中学校の時に自分で買ったどこにでも売っているデジタルの時計を腕に巻き、大学へは電車で通い、学食で日替わりランチを食べ、バーゲンの時にしか衣服は買わず、アルバイトで得た給与は家に入れその残りを小遣いにしていました。もちろん友人同士の付き合いも割り勘が原則でした。だからちょっと見ただけでは誰もが知る朝日奈ホールディングスの御曹司だとはわかりませんでした。よくありがちな我儘なボンクラとは正反対の人物評価を友人からも受けており、佳恵さんはそんな静馬氏に惹かれているのでした。
「うん、そうだけどさ。やっぱ、良いものは良いよな。もう一回見に行かない?」
「見るだけならいいけど。なんか静馬、様子が変だよ?」
佳恵は気づいていない。一度だけ佳恵を家に連れてきた時があって、父とは挨拶している。でも、今、あそこで泥酔しているオヤジが俺の父だとはまだ気づいていない。静馬氏は「早く行かないと閉まっちゃう」と言い足早に四丁目の交差点へ向かっていきました。
「ちょ、ちょっと待ってよう、静馬!」
「名前を呼ぶなよ、恥ずかしいなあ」
父に気づかれたかと一瞬焦りましたが、もうすでに路地からは見えないところまで来てしまったので静馬氏は少し安堵しました。一番嫌な父を見てしまった。普段自分には厳しい父。会社では誰もが一目置く父。ひと時もだらしない素振りなど一切見せない父。巨大企業を一代で築き上げた指折りの起業家としての父。絶大な尊敬と畏怖を周囲から持たれているものの、ある時から酒癖と女癖が悪くなっていった父。大学生なりに、変化していった父の姿が歪んで見えるのでした。

 静馬氏が朝日奈ホールディングスの管理本部長に就いて最初の年でした。社長の重蔵氏から呼び出しを受けました。なんだろうと思い社長室へ行ってみると重蔵氏はひどく顔色が悪く背後の窓越しに目をやっていました。
「北海道へ飛んで調べ物をしてきてもらいたい」
「北海道ですか」
「ある程度のことはここに書いてあるから、その詳細を報告してくれ」
 いつになく厳しい表情で社長が言うので、机の上に置いてあるメモ書きを見てみると女性の名が書かれていました。その詳細をしらべるということか。
「社長、これは」
「まずは行ってきてくれ。話はその後だ。興信所などを使ってはならぬ。自分の足で調べてくれ」
「承知しました」
 有無を言わせない重蔵氏の物言いに戸惑いながらも、静馬氏はその足で北海道へ飛びました。渡されたメモ書きにはその女性はN線(今は廃線か)Y駅にある小料理屋で働いている?と書かれていました。静馬氏は社長室を出るとその足で旧Y駅を目指しました。思った以上に時間がかかりました。調査結果を父である社長に報告すると、社長はしばらく途方を見つめ、両手で顔を拭い髪をかきあげて自分には表情を見せないようにしていました。

 父重蔵が亡くなったとき、人生の大きな目標であり同時に大きな壁であったものが一気に崩落し心に残ったものは無でした。それとは反対にしなければならないことが山のようにありました。幸い、朝日奈家としての葬儀は滞りなく終えることができ、社葬は総務部長が陣頭指揮を執ってくれた。しかし、地面すれすれの地表では「朝日奈ホールディングスの後継者は静馬氏で良いのか」という噂が早速立っていました。静馬氏は葬儀がひと段落すると、社長室に幹部を一人一人呼び出しました。幹部は会長派と社長派に分かれていました。静馬氏は会長派から呼び出しました。次に社長派を呼び出しました。すると妙なことに全ての幹部は明るい表情で社長室を後にしました。一体何が社長室で起きたのでしょうか。あまりここでくどくどと一部始終を説明することは本論から逸脱するので割愛しますが、結論から言うと自分が社長としてこれからも経営のトップに立ち、それを幹部が支えることに会長派も納得したということです。これで朝日奈創業家は盤石。しかし静馬氏には看過できないことがありました。会長の妾の問題でした。静馬氏は様々なやるべきことをし終えてひと段落したあと、単身逗子へ向かいました。あそこに父が最後に愛した妾がいる。全てを終わらせねばなりませんでした。

 妾は重蔵氏の死を知って、愕然としていました。途方を見つめとめどなく涙を流していました。彼は言いました。
「あなたがたのことは、すべて私に一任させていただきますので、よろしくお願いしておきますよ。いいですね」
「あの、線香の一本でもあげさせ・・・」
「あなたはご自分の立場をわきまえていない。私がこちらへ来ただけでもありがたいと思ってほしいです。違いますか。では」
 これで父から直伝された帝王学に基づいて一つ一つを片付けて、父の正の遺産を引き継ぎ、負の遺産の火消しが終わり、いよいよ自分が帝王になるんだと静馬氏は考えたに違いありません。