《蝉が一匹、力無くジーと啼いた》

そもそも友だちの雅美さんから「気味の悪い手紙が父宛に届いた」と相談されたのがきっかけだったんです。雅美さんと手紙に書かれた所へ行くと、なんと頭が真っ黒焦げの死体を発見。更に、父静馬氏が雅美さんに「落とし前をつける」とメールに残し行方不明に。ここから私たちは静馬氏の行方を捜すことになります。その中で、26年前に起きた祖父重蔵氏の愛人“紀子”にまつわる事件と深い関わりがあることを突き止めます。26年前に一体何が?

02 朝比奈雅美の相談

 渋谷区東三丁目の交差点にあるオムライス専門店で、雅美さんが話した内容というのはおよそ次のようなことでした。
「私に知らない血縁がいるかもしれないんです」
「雅美さんが知らないご親戚の方ですか」
「ええ。昨日、そんなことを匂わす手紙が届いたんです」
「手紙が」
「ええ。それが、手紙って、普通は切手が貼ってありますよね」
「うんまあそうですね」
「貼ってないんです。それに、消印も押されていないんです」
「そうなんですか、それって、つまり」
「郵便局に出さずに、直接ウチに来てポストに入れたんじゃないかと」
「ええ?気持ち悪いですね」
「でしょ。だから父にも見せてなくて」
「ん?社長に見せていないって、雅美さん宛じゃないんですか」
「父宛です」
「ええ?! え?中、見ちゃったんですか」
「秘書ですから」
「秘書だからって」
「親子ですから」
「親子だからって」
「まあ、とにかく、その手紙に私の知らない血縁がいるようなことが書いてあって」
「ふうん。なんか嫌ですね」
「でしょ。でも祖父のころから朝比奈家は一人っ子だから、血縁がいるはずないんです」
「・・・」
「何か薄気味悪くて困っちゃうんです。どうすればよいと思いますか」
 大事なことなのであとで詳しく触れますが、雅美さんの家は一代で財をなし齢九十一で大往生した祖父重蔵氏を創業者とする株式会社朝日奈不動産の創業家で、雅美さんはその孫にあたります。重蔵氏の一人息子で雅美さんの父である静馬氏は社長を務め、雅美さんはその秘書です。だから、私は静馬氏のことを社長と呼び、雅美さんは父と呼んでいたわけです。雅美さんは話し終わると、どんよりとした眼差しでうつむき、普段の聡明な性格が成りを潜めてしまっていて、可哀そうなくらい。とびっきりおいしいと言っていたオムライスにもほとんど手をつけず、ケチャップをスプーンで左官屋さんみたいにナデナデ。。。こちらから何かを提案しない限り、六十分間のランチタイムは、あっという間に終わる公算が高そう。。。どうしよう。。。
「そうなんですね、大変ですね、・・・で、その手紙というのは・・・」
 と、私は、つい、今の気分とはかけ離れた迎合姿勢を表に出して相手の意を組む相槌をしてしまいました。すると雅美さんはバッグから手紙をさっと取り出して、
「はい」
 と、私に差し出してきました。いかにも待ってましたと言わんばかりの勢いでした。すぐ出せるように最初から用意していたみたい。
「え?」
 いくら友人とはいえ雅美さんに血縁があるとかないとかの話は、他人様のお家事情であるわけで、いえ、そういうことに違いないわけで、私なんかが内容を見るのはできるだけ丁重にお断りしたいのにできない所が私の性格上の課題であるわけで、
「はあ、じゃあ、これを食べ終わってからにしましょう」
 と、またまたいくらかの譲歩姿勢を見せつつも結局断りきれず、コーヒーが出てくるタイミングで読み始めました。
 確かに封筒には切手が貼られておらず消印も押されていませんでした。封筒も便箋も100円ショップあたりで売っていそうなありふれたものでした。封筒には宛て住所がなくただボールペンで
 あさひな しずま さま
と、平仮名で社長の名だけが書かれてあり、差出人名は書いてありませんでした。利き腕ではない方の手で書いたのか、恐ろしく見にくい字でした。中を開けてみると三つに折られた便箋にボールペンのようなものでやはり恐ろしく見にくい字で書かれていました。正確を期すためにこの手紙を原文のまま記します。それはこうです。