《蝉が一匹、力無くジーと啼いた》

そもそも友だちの雅美さんから「気味の悪い手紙が父宛に届いた」と相談されたのがきっかけだったんです。雅美さんと手紙に書かれた所へ行くと、なんと頭が真っ黒焦げの死体を発見。更に、父静馬氏が雅美さんに「落とし前をつける」とメールに残し行方不明に。ここから私たちは静馬氏の行方を捜すことになります。その中で、26年前に起きた祖父重蔵氏の愛人“紀子”にまつわる事件と深い関わりがあることを突き止めます。26年前に一体何が?

01 終わりの始まり

 外はランチタイムが始まったばかりで私の人生も始まったばかりでしたが、外の空気は暑いのに私の気分は寒いのでした。通りには様々な人々が歩いていて、まだ午前中の仕事に切りがつかず「あともう一社回らないとこなし切れない」と腕時計に目をやりもう一方の手に重いジュラルミンアタッシュケースを提げて営業車へ戻っていくルート営業マンや、徒党を組んでやっとお昼になったのだから「何食べる?」とガヤガヤ言い合っている制服のオバサン軍団、そして、左手にパソコンからプリントアウトした地図を持ち右手に大きなバッグを提げて「この道の筈なんだけどなあ」と首を捻っているオジサン。立場や状況は違えども今挙げた人たちにはその人なりに一生懸命さや活気、熱意がありました。しかしそういう人々とかけ離れた温度差で歩く私はそのどれにも当てはまりませんでした。私の人生は始まったばかり。それなのにまるで、深い深い海の底を這いつくばる蟹が太陽の光を求めることを諦めてここで一生を終える覚悟を決めた時、神様が硬い殻でその表情を窺い知れぬものにしてしまったように、私も昼休みだからと言って喜ぶでもなく無表情で沈鬱かつ空虚な顔をしていたんだろうと思います。だからせめて無機質な本社屋から寂びた風情のある有機質な木造の蕎麦屋さんへ行って少しでもこの気持ちを和らげよう。私は彼らの雑踏を避けるように歩きました。おそらく蕎麦屋の女将さんはいつもの笑顔で迎えてくれる。「いらっしゃい。いつものでいい?」「はい、お願いします」「冷たいの?あったかいの?」「うう、冷たいので」「は~い、山菜そば、冷やしで一丁!」って会話が心地良いんだよなあ。子どもの頃は苦手だったワラビやゼンマイも、今では抵抗がなくなりむしろお気に入り。苦手だった理由は、子どもの頃、山菜採りに出かけたら藪から蛇が出てきてビックリして尻餅ついて、そのまま谷の川に落ちてしまった苦い経験がトラウマになったから。おかげで骨折はするし体の至る所に傷は負うしで懲り懲りしたっけ。
 そんなことを考えながら歩いていると、何かどこかで感じる視線。それは建物のガラスで乱反射する太陽光に混じって一直線に私を射抜いてきました。私ははたと足を止めました。右手のほうから私を見つめています。それはこちらの気が付いたことを察知して更に強く視線を送ってきました。いよいよ視線は私を見つめたまま近づいてきました。至近距離まで近づいてきたので私はもう観念し精一杯の笑顔を送ってみせ、「どうしたんですか」と、せめて私から話しかける作戦を挙行しました。
「いきなり『どうしたんですか』ですか」
「あ、いえ、いきなりなんで」
「おひさしぶりです」
「三日前に電話でお話、しましたよ」
「でも、会ってないです」
「うん、まあ、そうですね、あの、ちょっと、、、」
 こちらの言い分など我関せずといった感じで、最後まで言い終わるのを待たずに、雅美さんは、
「たまたま歩いているのをお見かけしたので、ランチでもどうかなと思って」
「え?ああ。そうなんですか、そ、そうなんですね、お昼ですしね」
 朝比奈雅美さん。私より八歳下。私が朝比奈不動産のリゾート事業本部から東京本社へ異動して「さあ、これから」と意気込んだは良いものの、右も左もわからず元来の引込思案で小さくおさまっていたところへ一番先に明るく話しかけてくれた人。それ以来、雅美さんは、ことあるごとに私を誘ってくれたり、特に用事もないのに電話をくれたり、ソーシャル・メディアで既読になってから三分しか経っていないのに、何かあったのかと心配して電話してくれたりします。私と違って雅美さんは、どんな場所へ行っても、どんな人と相対しても、引けを取らない光り輝くオーラのようなものを持っています。そんな性格だから、きっと私のことを見かけて黙っていられなかったのでしょう。
「そう、ランチタイムです。近くにとびっきりおいしいオムライス屋さんを見つけたので、行ってみませんか?」
 こう言って、雅美さんはキラキラした目で誘うのです。そんな風にされてしまうと、
「そうですね、オムライス、いいですね」
 と、ついつい、私はこんなふうに返答してしまうのです。
 こうして私たち二人は何日かぶりの再会をし、私は山菜そばを諦め大事な大事なお昼の六十分間をオムライスのために割くことになりました。
 ただし、この日が境になってある受け入れ難い運命が始まったのでした。私はその運命の重さを考えると何かの形で残しておかなければならないという結論に至りました。普段、筆を執ることなどほとんどない私にとってこの作業はとても骨の折れるものでしたが、これを書き終えることができた暁には正直に言って清々しい気持ちになってホッとしていることでしょう。では、少々長くなるかもしれませんが、その一部始終をお話したいと思います。